武州通信武州ゼミナールのBLOG

『武州通信』第244号

 今号から数回、遊び心で書いてみようと思う。遊び心には期待が7割・不安が3割、ともかく期待の方を膨らませて…。 
人の夢は儚いという。それでも人はみな、アルカロイドの夢を見る。

《AI(人工知能)》の巻

   ~ 歴史の断層・part 1 ~

 ギリシャ神話では、オリュンポスの十二神の一人(一柱)ヘーパイストスが自動機械(ロボット?)を考案したものとして描かれている。そう、古代ギリシャの時代からロボットは人間の憧れの的だったのだ。そしてそれは人間には製作不可能で、神だけが創造できる被造物として…。

 ところが、である。1990年代後半以降、工場の「産業用ロボット」だけでなく、一般消費者向けの「サービスロボット」も急増している。これはいったい…? ロボットは身体部分(ハードウェア)を担当するのだが、今では頭脳部分(ソフトウェア)を担当する人工知能(AI)が長足の“進化”を遂げている。ダーウィンもびっくり、神もびっくりである。

 2000年頃にはユビキタス社会という言葉が流行した。それは「いつでも、どこでも、誰でもがコンピュータネットワークで繋がり、あらゆるサービスが提供され、人々の生活をますます豊かにする」というものであった。とは言え、当時は「ほんとかよ」と大半の人は半信半疑で熱も冷め、「ユビキタス社会」はマスコミの口の端からも消えていった。マスコミとは無責任なものである。そして人心はそれにも増して移ろい易いものである。

 さて今年、2017年はAI(人工知能)がマスコミを賑わせている。それにしても研究者は偉い。人々から疑われ、マスコミから忘れ去られても地道に研究を重ねていたのだから。ユビキタスはIoT(モノのインターネット)に言葉を変えて復活した。しかしそこには恐るべき進歩があった。コンピュータ自身が行なうディープラーニング(深層学習)である。20世紀最大の言語哲学者の一人ウィトゲンシュタインは人間の脳は物事(様々なデータ)の家族的類似性を瞬時に判断し外部を認識していると言う。どうやらそれと同じことをAIは自らディープラーニングしているように見える。しかも、人間の脳では処理しきれないビッグデータ(ネット上にある豊富なデータ)を超スピードで処理することができるという。認知能力は人間を超え、その応用範囲は格段と広がった。最早大方の人はその事実を疑うことができなくなった。確かにやがてAIは当たり前の存在になり、気分屋のマスコミからも飽きられてブームは終息するかもしれない。しかし、その潜在的なスーパー効率化の波は我々の生活を急速に変えていくに違いない。

 今ではまだ特化型AI、つまり、将棋用AIや音声に特化したAIなど特別な用途だけに対応するAIが主流だが、それでも事務労働のようなホワイトカラーの仕事をAIが肩代わりする時代は始まりつつある。しかも、最近ではたった一台であらゆる仕事ができる汎用AIの開発も進んでいるという。汎用AIのディープラーニングは、これまでAIが苦手にしていると考えられてきた綜合的判断の分野にも足を踏み入れることになるだろう。

 こうして、人間の知的作業の多くはAIが肩代わりできるようになった。そして、肉体的作業の方はロボティクス(ロボット工学)の更なる開発が期待されている。1996年に本田技研が二足歩行人型ロボット「アシモ」を発表し、1999年にソニーが犬型ペットロボット「アイボ」を作成・販売し、更に2014年にはソフトバンクの感情認識ヒューマノイドロボット「ペッパー」が開発され発売されている。こちらは日本のお家芸だが、まだ完全に人間を超えるにはもうしばらくの猶予が必要だろう。とは言え、ロボティクスも着々と進んでいるようである。ブルーカラーの肉体労働もやがて汎用AIを搭載した汎用ロボットに代替される時代がやって来るに違いない。何だか今ではまだ信じ難いのだが…きっと来る。

 AIが人間の知能を凌駕する技術的特異点(シンギュラリティ)に達するのが2045年だと、アメリカの発明家レイ・カーツワイルは言う。それは、AIの加速度的進化に加えて、GNR革命(遺伝子工学、ナノテクノロジー、ロボット工学)を携えて…。2045年、あと30年弱である。この年限は怪しいが、もしそうなら、早ければ現在の中高生が中年に達する頃には実現していることになる。そしてその時、人間はほとんどの労働から解放されることになるだろう。― 果たしてこれは、夢か、幻か、それとも現実か?

(斉藤 悦雄)

【インフォーメーション】
『武州大学』12月16日(土)7:00p.m.~
  テーマ:「日本語の言葉を考える」
  レポート:梶原真秀さん