武州通信武州ゼミナールのBLOG

『武州通信』第245号

 今号は、前号から引き続き遊び心で描いた「歴史の断層」を考えるためのもう一つの側面です。 

《BI(ベーシックインカム)》の巻

 ~ 歴史の断層 part 2 ~

 僕は今でも働いている。あなたも働いている。年金生活者もかつては働いていた。いったい何のために? ざっくり言ってしまえば、生活の資を稼ぐために…。こんなことを書くと、何を寝ぼけたことを、当然だろう、と笑われそうである。そう、当然のことなのだ。だからこそ、ブラック企業であろうともしがみついて働く。低賃金で不安定な職場であっても無理を押して働く。それに政府だって「一億総活躍社会」「働き方改革」を唱えているではないか。このように、我々は誰もみな “人間は働いて生活の資を稼ぐものだ” と考える。働いて生活の資を得る、そこに何の疑念があるだろう。

 ところで、このところベーシックインカム(BI)という言葉を再び耳にする機会が多くなった。“再び” と書いたのは、10年ほど前にこの言葉が囁かれたことがあったからだ。僕がその具体的な内容を知ったのは、2010年3月の『オアシス武州』で、知人の白崎一裕さん(「ベーシックインカム・実現を探る会」代表)に「『ベーシックインカム』って何?」と題して話していただいたときである。それ以来、僕はしばしば彼の話を思い出す。

 ベーシックインカム? どうやらまだそれほど認知度は高くなさそうである。僕も、興味は湧いても、当時「うーん、そんな社会が本当にできるのかな?」と心のどこかで思っていた。というのも、ベーシックインカム(基礎所得保証)の一般的定義は、信じ難いことに、なんと「国家が国民一人ひとりに最低限度の生活費を支給する」と言うのだから。そしてその骨子は、労働と所得を切り離し、➀無条件(労働者の意欲や能力とは無関係に、無条件で一生涯支給される)、そして ➁個人単位(世帯単位ではなく、赤ちゃんからお年寄りまで国民一人ひとりに支給される)、更にその上 ➂資力調査なし(な、なんと、お金持ちであっても貧乏人であっても全員に等しく支給される)、と言う。しかも、その金額は時の状況によって決まるが、それでも必要最低限度の生活費が支給されると言うのである。そして財源はというと、税金からではなく、また日銀が発行する銀行券によってでもなく、国家(政府)自らが直接「国民通貨(公共通貨)」を発行し、それを原資に支給する、と。なるほど、これなら財源の心配はなさそうである。また、ベーシックインカムは生活保護など社会保障という従来の政策の延長ではなく、「国民所得」の枠組みで考えるべきだ、とも。うん、この「国民所得」の観点はなかなか面白そうである。とは言え、働くことで生活の資を稼ぐことが “当たり前” の現在では、これは一種の夢物語でありユートピアにしか聞こえないに相違ない。もっともなことである。しかし、確かに実現にはかなりの困難が伴うかもしれないが、理論的に良くできているし可能性のある思想だ、と僕は思っている。それに何だかちょっと魅力的だし…。

 ところで、近年ベーシックインカムが再認識されつつあるのには理由がある。先進国はどこも労働環境がますます怪しくなっており、そこからくる将来への不安がそれを後押ししているに違いない。一昨年(2016年)否決されたとはいえ、スイスで「ベーシックインカム導入に関する国民投票」が行なわれ、昨年(2017年)からフィンランドで失業者約2000人を対象にベーシックインカムの実験をしているらしい。どうやら、ベーシックインカムは徐々に世界に浸透しているようなのだ。そしてアメリカや日本でも政治家が再びポツリポツリと語り始めている。つまり、それだけ先進国の労働環境の見通しが暗い、ということなのだろう。

 しかし、どんなに労働環境が悪くても、それでも、人は “生活のために働く” という働き方が永遠のあり方だと感じてしまう。人間は生きるために働き続けなければならない。たとえそれがシーシュポスの無限の苦役であろうとも。だって、そうしなければ “現に” 食えないのだから。そう、今でもそれはあまりにも当たり前のことなのだ。これは最早、感情を伴う “通念” なのだ。

 ところが、である。ベーシックインカムはその “当たり前(通念)” に楔を打ち込もうとしているのである。最早 “当たり前ではないのだ”、と。そして、“所得保証政策は今では決してあり得ない夢物語などではないのだ”、と…。
 まだベーシックインカム(BI)は模索段階に違いないが、そのうち世界の表舞台にひょっこり姿を現わすかもしれない。そして、それが実現すれば、存在するだけで(つまり生きているだけで)生活の保証がなされることになるだろう。― 果たしてこれは、夢か、幻か、それとも現実か? 

(斉藤 悦雄)

【インフォーメーション】
『武州大学』1月20日(土)7:00p.m.~
  テーマ:「H・ケルゼンの『純粋法学』を考える」part5
  レポート:梶原真秀さん