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『武州通信』第246号

 本屋で 『人工知能と経済の未来』(井上智洋著・文春新書)を発見。どうやら、僕が考えているのと同じ思索がすでに2年前に始まっていたようなのだ。驚きと共に、皆の心のどこかに「歴史の断層」への予感(不安)が潜んでいるのかな? と改めて思う。 

《AI+BI=未来の経済》の巻

~ 歴史の断層 part 3(最終章) ~

 カインは農耕を、アベルは牧畜を。以来、人間とは「労働する人」のことであった。労働して生産しその成果を消費する。有史以来これが人類の生活の基本スタイルであり、どんなに社会が進歩してもこの枠組みだけは変わることはなかった。生産と消費(供給と需要)、これは(誰でも知っているように)経済学の基本中の基本である。

 生産(供給)。これは労働と共にあった。確かに第一次産業革命以来、技術の進歩で労働者が職場を奪われる技術的失業は繰り返されてきた。しかし、それでも技術による生産性の拡大は、それに伴う事務労働の広がりやサービス産業の発展で労働者を吸収することができた(その主な理由は、機械を補助する肉体労働、それに事務労働やサービス産業、これらはそもそも機械化に馴染み難い分野だったからである)。おそらくこれが、かなり大雑把に捉えた現在に至るまでの経済の流れであろう。 

 しかし、AI(人工知能)とロボティクス(ロボット工学)の急速な発展は事態を大きく変えてしまうに違いない。これまで機械化が難しかった肉体労働も事務労働もサービス労働もAIは得意としている。なにしろ人工とはいえ人間と似た知能を持っているのである。しかも人間の頭脳をはるかに凌ぐ高性能な…。確かに人間労働が完全になくなることはないだろう。しかし、あらゆる分野から大量の労働者が排除されるのは時間の問題に違いない。しかもここには最早失業者を吸収する外部は存在しないのだ。どうやら旧来の技術的失業とは比較にならない大失業時代は避けられそうに思えない。そうなると、生産力(供給力)は猛スピードで増大するが、消費(需要)の方はそれに比例してますます不足してしまう。これでは資本家は堪らない。商品を作っても買う人がいないのだから。そして、生活の糧を奪われる “命がけ” の労働者はもっともっと堪らない。さて…、どうしよう?

 そこで、BI(ベーシックインカム)の出番である。国家が国民一人ひとりに最低限度の生活費を保証する。しかも、国家(政府)自らが「国民通貨(公共通貨)」を発行することでそれを賄う(財源論については様々な意見があるようだが、とりあえず僕はこの説を採っている)。更に、これは生活保護などの社会保障という従来の社会を想定した発想ではなく、「国民所得」の観点で考えなくてはならないのだ。「国民所得」の観点、これこそが要である。これなら生存の危機に喘ぐ人々の生命は救われ、有効需要も喚起されることだろう。
 とは言え、これを実現するには「労働=所得」という通念からの大きな発想転換(パラダイムチェンジ)が必要となる。しかし、AIの長足の進歩に比してBIの認知速度は遅すぎる。大失業時代に突入するより前に、これまでの労働観を切り替えて、今から徐々にBIに移行していく必要があるだろう。

 それはともかく、AIは労働者を必要としないことで有効需要の不足をもたらし、BIは働いて稼ぐという通念によって足踏みしている。しかし、面白いことに、これまで別々の道を切り開いてきたこの両者が手を携えて一つの道を歩むとき、新たな可能性が生まれてくるのである。そうなれば生産(供給)と消費(需要)はこれまで以上にバランスを取り易くなるに違いない。おそらくこの考えはそれほど不思議なものでも突飛なものでもないだろう。

 ここで書いてきたことは、そう遠くない未来予測である。未来予測には不確実性が付きものだが、それでも現在考えられる唯一の可能的未来だと僕は思っている。僕達は有史以来、働くことで生活の糧を得てきた。しかし、AI(人工知能)の進化とBI(ベーシックインカム)の所得保証が実現すれば、働かずに最低限度の生活の資を手にすることができるのである。これは、労働に基礎をおいたこれまでの資本主義とも、況して、働かざる者食うべからずの社会主義とも全く異なった新しい社会の出現を予感していることになる。

 おそらくそれは “時代の断層” というより、むしろ、これまで人類が経験したこともない未曾有の “歴史の断層(歴史のシンギュラリティ)” と言えるかもしれないのだ。― 果たしてこれは、夢か、幻か、それとも現実か?

 それでも僕は、そんな未来社会に、見果てぬアルカロイドの夢を追う。

(斉藤 悦雄)

【インフォーメーション】
『武州大学』2月24日(土)7:00p.m.~
  テーマ:ウィトゲンシュタイン『確実性の問題』を考える part1
  レポート:斉藤悦雄