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『武州通信』第251号

 今年は、明治維新150年(戊辰150年)とやらで、各地で記念式典が開かれているみたいですね。僕の友人からも便りが届く。土佐(高知県)からも、磐城(福島県)からも…。そう、南から北まで戊辰戦争へのそれぞれの思いを乗せて。

《小企業で潜り抜けた戦後日本経済の移り変わり》の巻   ― 半導体、ロボット、そしてAI、IoT ―

 いつの間にか戦後も73年経ちました。その間、生活もずいぶん変化し、最近では戸惑うことばかりです。
 そんなこともあり、今回の『オアシス武州』(9月29日)は、僕の20代の頃からの友人・加藤隆一さんに「小企業で潜り抜けた戦後日本経済の移り変わり ― 半導体、ロボット、そしてAI、IoT ―」と題してお話していただきました。僕達の世代は何を隠そう “歩く戦後史” そのものです。今回お話ししていただいた加藤さんは、鉄原実業株式会社という技術商社に勤務し、6年間社長を努めた方です。そして今でも勤務しており、戦後の経済を目の当たりにしてきた、いや、現在もしている方なのです。

 団塊の世代と呼ばれる僕達の世代は、敗戦の混乱から立ち直り、高度経済成長を謳歌し、二度のオイルショック(1973年、1979年)を経験しながらジャパン・アズ・ナンバーワン(1979年)と言われる時代を経て、バブル(1986年~90年)の狂乱と崩壊、そして失われた10年(失われた28年?)というように天国から地獄まで見てきた世代です(今の若い世代は悲しいことにずっと地獄のままですね)。以下、加藤さんのお話を紹介します。

 この間、多くの新しい商品が生まれましたが、なんと言っても最大の革命はコンピュータ、インターネット、スマホを生み出したデジタル技術の発展、そしてそれを支えた半導体産業の進化です。ところで、加藤さん個人はカップリング(継手)という画期的な商品(機械と機械を繋ぐ商品)に開発から関わり、今の会社でそれを中心に販売してきました。

 現在ではコンピュータやスマホ、AIが僕達の社会を席巻していますが、それを担う半導体製造は日本では、もはや全滅に近いみたいですね。しかし、そこで生まれた半導体の製造装置については、日本は今でも世界のトップレベルで、その手足であるサーボモーターとカップリング(継手)は世界に通用する先進技術だ、とのことです。
 サーボモーターのサーボとはサーバント(召使)が語源で主人の命令に文句も言わずに黙々と働く存在で、ここでの召使はモーターのことのようです。このモーターは今では、自動車、洗濯機、プリンターなど多くのものに内蔵されており、たとえAIがあってもこのモーターなくしては何もすることはできません。サーボモーターの主な用途は、コンピュータと繋がった、半導体製造装置、産業用ロボット、工作機械、そして電子部品製造、組立て装置、等々(一言でいえば、すべてロボットと呼んでよいものですが)で、その手足となるのがサーボモーターに他なりません。幾つものサーボモーターが一台のロボットの中で指令通りに働き、当のロボットをあたかも生き物のように共同して動かしているんですね。そして、その召使をフルに活動させながら、コンピュータと繋がったロボットが、たとえば埃の無い(人間が介在しない)クリーンルームという部屋で日夜、半導体などの製品を作っているのだそうです。

 加藤さんのお話から、さまざまなサーボコントロールされたロボットが、人の目に見えないような微細な半導体や 、IoTの主役であるAIを搭載したシステムを担い、しかも、そのロボットには高度なサーボモーターや、それを機械に繋ぐカップリングの先端的な技術が不可欠なことが、とても良く理解できました。
 ちまたでは表に現れたAIやロボットだけが注目されていますが、どうやらそれらが実現可能なのはサーボモーターの活躍に負っているらしいのです。それに、いま我々の身近にある 動く機械の内部では、何らかのサーボモーターがあたかも人間の筋肉のように共同して黙々と仕事に打ち込んでいるんですね。どうやら僕の知らない世界でさまざまな新技術が複雑に絡み合って進化しているようです。きっとその相乗的な発展がこれからの世界を切り拓いていくのでしょう。加藤さんのお話、とても納得したのですが、それだけに、僕はますます眩暈がしてきそうです。

 さて、最後に加藤さんの夢。それは、居酒屋で楽しく飲んで、自動運転の自動車に揺られ、ほろ酔い気分で帰宅すること。何ともささやかな夢ですね。でも、それってそう遠い先の話ではないかも。ただし、僕も加藤さんもそれまで生きていられれば、の話だけれど。― AI、ロボット、サーボモーター、頑張れ!

(斉藤 悦雄) 

【インフォーメーション】
『武州大学』10月28日(日)7:00p.m.~
  テーマ::関内幸介君の『利潤分配論』を考える part3
  レポート:斉藤悦雄