武州通信武州ゼミナールのBLOG

『武州通信』第253号

 朝、寒さがピンと張り詰めて、武州の金属製のノブがひやりと冷たく感じる季節。冷たさに身を縮めながら、暖かい漂いを求めてそのノブを引く。

《「孤独」と「孤立」》の巻

 「孤独と孤立はちがうんじゃあるまいか。人間の中にいて、ソッポを向かれてポツンとしている。これが孤立だ。孤独は、だれもいないところにひとりいることである。おざなりにされた孤立には、とても耐えられない。しかし、周りに人がいないというだけの孤独なら、いつかは我慢できるようになる。」
 これは、海洋冒険家・堀江謙一さん(『太平洋ひとりぼっち』「北風よ、早く来い」より)の言葉である。確かに、誰もいないところにひとりでいる “孤独” と、人の中にいるのに誰からもそっぽを向かれた “孤立” とは明らかに違うと思う。     

 だが、ここで僕は、はたと立ち止まってしまう。“孤独” 、それはただ単に「独りぼっちでいる」ことだけを意味しているのだろうか、と…。もちろん堀江氏の言う “孤独” も一概に否定できないだろう。ただ僕の思い描く “孤独” はもう少し色合いが異なっているようなのだ。それは時として顔を見せる “存在の孤独さ ”と、事に当たる “決断(覚悟)の孤独さ” である。それらはどちらも意識していようがいまいが訪れる孤独さであり、慣れることが難しい孤独さであるように見える。

 存在の孤独は、“死” に典型的に現われる。死とは誰にも代わってもらえない自己存在の消滅である。独りぼっちでなく優しい家族に囲まれていても、誰にも等しく確実に訪れる孤独、それが死であろう。僕が「孤独」と「孤立」に躓くのは、よく言われる「孤独死」という言葉である。と言うのも、どんな人も「孤独死」は免れないのだから…。死を前にしては如何なる人も悉く孤独である。ならば、あれは「孤独死」ではなく「孤立死」と呼ぶべきではないのか、と。そして、「孤独死」は避けようがないが、周りからおざなりにされた「孤立死」は避けることが可能であろう。だからこそ「孤立死(世にいう孤独死)」は、我々のそして社会の具体的で深刻な課題になりうるのだと思う。

 ところで、中学生と高校生を同時期に教えていると、その微妙な違いに気がつく。確かに年齢の違いは隠せない。だが、どうやらそれに留まらない気がするのである。また、中学生の頃のあの子と高校生になった後のその子の2枚の写真を見比べるように、同時に心に描いてみると、ちょっと不思議な感慨をもつことがある。もちろん同じ子であり、どこが違うということも明瞭に説明できないのだが…。ただ何かが違うという気分なのだ。これは一体なんだろう?

 先日、テレビで、元ハードル選手の為末大さんが「アスリートは、試合直前にコーチから背中をポンと押され、試合に臨む瞬間、とても孤独な気持ちになるようです」(うろ覚えなので正確な引用ではないのだけれど)と語っていた。個人競技の選手は、決して孤立しているのではないが、試合に臨む瞬間 “孤独感に襲われる” というのはとてもよく理解できる。この瞬間、誰にも支えてもらえない、自分だけの戦いになるのだから。それゆえ、こちらの方は、事に当たる「決断(覚悟)の孤独だ」と言えそうである。

 そして、これは高校入試や大学入試にも当てはまるだろう。特に高校入試は、家族の繭に守られた温もりから独力で一歩踏み出す始めての経験である。誰も助けてはくれない。いや、誰も助けられない。これは経験しなければ決して分からないことであろう。中学生にはどこか自分で自分をもてあましているような “危うさ” がつきまとう。だから中学生に言葉で諭しても的が外れて届きにくい。中学生と高校生の微妙な差、そこに単なる年齢の差だけではない何かがあるとすれば、高校入試なのではないか、と僕は想像している。確かにこれは僕の勝手な思い込みかもしれない。ただ、中学生の頃は自分をもてあまし身勝手で、相手との距離を測り損ねていらいらしているように見えた子が、高校生になって少しだけ言葉が通じるようになり、ちょっぴり落ち着いて見えるのは、単に受験プレッシャーから解放された安堵感によるだけではないように思うのだ。孤独な中で、自分独りで切り拓いた経験、それが微妙に影響しているのではなかろうか、と。彼らは、決して孤立しているのではないが、確かに “孤独” を経験したのだ。それを意識していようがいまいが…。― かくして、僕の孤立と孤独についての感慨は この時期 毎年生じるのである。

 さて、今年も受験の日が迫っている。不安が身を焦がす季節である。おそらくこの孤独感が彼らを成長させる糧になるに違いない。そして、受験生にはこの孤独に耐えて頑張って欲しい、と心より願うのである。  

(斉藤 悦雄)

【インフォーメーション】
『武州大学』2月16日(土)7:00p.m.~
  テーマ :『労働法』を考える part2
  レポート:紺野正さん
『オアシス武州』3月2日(土)7:00p.m.~
  テーマ :『何のため、誰のための教育改革?』
  お 話  :小林弘典さん(教育コンサルタント)