武州通信武州ゼミナールのBLOG

『武州通信』第256号

 まだ5月だというのに、まるで夏もたけなわのような暑い日々でしたね。でもこのところ暑さも一服? フー。 

《言葉って厄介? でも面白い!》の巻

 前号で「コミュニケーション能力」について書いたのですが、それを読んだ玉山文子さんから言葉の不思議について次のようなメールが届きました。これはコミュニケーション能力の問題とは直接関係ないのですが、コミュニケーションの難しさについての内容なので、僕もここで少し考えてみることにしました。皆さんも一緒にちょっと考えてみませんか?

玉山文子です。
 こんにちは。悦雄先生。武州通信255号を拝読しました。
 ところでこんな問題を見つけました。文脈で解釈が変わる、どうとでも解釈できる。
 面白いと思って送信します。
 とある次のような問題が議論を呼んだ模様です。
【問題】
  Aの身長は150cm
  Bの身長は155cm
  Cの身長は160cm
  Dの身長は165cm
  Eの身長は170cm
  この5人の中で、Cの次に背が高い人は?
【回答結果の割合】
  Dと答えた人:50パーセント
  Bと答えた人:33パーセント
  B・Dどちらにも解釈できると答えた人:13パーセント
  日本語がおかしい、解釈できない、と答えた人:4パーセント

 皆さんはどう思われましたか? こんな簡単な問題、間違うわけないじゃん、と思われたかもしれませんね。でも回答者の結果は4つに分かれています。  
 
 とはいえ、多くの人はDを選択するでしょうし、僕も最初は深く考えることなくDを選びました。おそらくAI(人工知能)もDを選ぶことでしょう。
 でも、もしこの問題の順序が逆になっていたら間違いなくBになりますよね。そしてそのどちらも考えに入れればDともBとも言えるということにもなりそうですし、この設問に具体的な説明がないから何とも言えない(解釈できない)ということにもなりえます。どうやらここには、「次に」という言葉をどう捉えるかの問題が含まれているようです。

 文ちゃんはこの辺に面白さを感じて僕にメールを送ってくれたのでしょう。言葉って本当に面白いですね。これは言語学に言う「意味論」というより「語用論」の問題に関係しているのかもしれません。前後の文脈によって、また言葉の解釈によって意味が異なってくるのですから…。次の話は文ちゃんが指摘した問題とは直接関係ありませんが、参考としてちょっと考えてみますね。

 たとえば、「僕はウナギだ」の一文を見たら、えっ、そんな馬鹿な? と一笑に付すこともできますが、多くの人は食堂での会話を頭に描くことでしょう。つまり「(君は天丼か、だったら)僕はウナギだ」というように…。でも、もし劇団で魚の配役を決める場面なら「(君はタイの役だが)僕はウナギだ」となるでしょうし、上司から優柔不断さを指摘されたら「(僕が捉えどころのない奴だって? そうさ)僕はウナギだ」となるかもしれません。つまり、前後の文脈によって言葉の意味が変わることになりますよね。このような曖昧な一文を読んだだけならさまざまな状況や場面を想像して人は判断するしかないことになります。

 それでは、先の「Cの次に背が高い」の話に戻ると、「次に」を、順番通りに “背の低い順からみて次に” と解釈してDを選ぶのか、それとも “背の高い順からみて次に” と解釈してBを選ぶのか、の両義性が介在しているに違いありません。それゆえ、もし “低いほうからみて” とか “高いほうからみて” とかの説明があったら問題は一気に解決するでしょう。― 何はともあれ、こんなところに意見や解釈の違いによるコミュニケーションの行き違いの大本があるような気がします。

 文ちゃんが引用した問題、それが日常に起こりそうな問題だけに、回答にあのような “ばらつき” が出ることの面白さがあるようです。というわけで今号は、文ちゃんに刺激されて、僕も思わず興に乗って書いてしまいました。
 言葉って本当に厄介ですよね。でもやっぱり面白いかも?

(斉藤 悦雄)

【インフォーメーション】
『オアシス武州』6月15日(土))7:00p.m.~
『武州大学』6月22日(土)7:00p.m.~
  テーマ :現代『資本主義論』を考える part.1
  レポート:斉藤悦雄